予後不良とは競馬の中でも最も悲しい言葉の一つであり、一頭の馬の歴史の終わりを告げる言葉でもあります。
これは競走中や調教中などに何らかの原因が発生して馬の脚部に故障が発生し回復が極めて困難になってしまったという際、薬による殺処分が行われるということを指しています。
走るために作られたサラブレッドは短時間において爆発的な加速をすることができる馬ですが、同時に肉体面・精神面は非常にデリケートであり、一度予後不良と判断された後で復活することはほとんどありません。
そのため調教師やジョッキーなど競馬に携わる人は予後不良を発生させることを禁忌として最大限の努力をしているのですが、中には競走中の事故などが原因で失われた名馬もいるのです。
ではそんな悲しい名馬にはどのような馬がいるのかと言うと、壮絶かつ日本中の競馬ファンが涙したのがテンポイントです。
テンポイントは1975年にデビューした「流星の貴公子」の名を持つ馬であり、テンポイントとトウショウボーイ、グリーングラスの三頭が出走した第22回有馬記念は日本競馬の歴史においても屈指の名勝負であったとされています。
しかしテンポイント6歳となる1978年に行われた第25回日本経済新春杯の第四コーナーで、テンポイントはいきなり左後肢開放骨折という重度の骨折を起こし、安楽死を勧められる事態になりました。
日本中の競馬ファンが「テンポイントを助けてほしい」と嘆願したこともあって治療が行われましたが完治には至らず、生まれ故郷の吉田牧場で葬儀が行われました。
またテンポイントとは別の悲しい名馬とされるのが、ライスシャワーです。
「この馬に触れる全ての人に幸福が訪れるように」という想いを込めて名付けられた名馬ライスシャワーはミホノブルボン、メジロマックイーンという二頭の強豪の勝利を阻止した刺客と呼ばれた馬ですが、ライスシャワーは第36回の宝塚記念の第三コーナーで速度を上げた際に前のめりになって倒れ、一時立ちあがろうとしましたが左第一指関節開放脱臼、および粉砕骨折を発症しており、診療所まで運ぶことすらかなわない状態でした。
このレースで騎手を務めた的場はライスシャワーの違和感を知って「今日は勝つどころでは無い」と判断、第三コーナーに至るまで慎重な走りをしていましたが、ライスシャワーは勝利のために自らスピードを上げ、自分の身体に阻まれてしまったのです。
これは騎手との連携が非常に上手く、賢い馬であったライスシャワーには非常に珍しいことでした。
勝利のために走り抜けたライスシャワーが倒れたターフの上には幔幕が貼られ、的場と担当厩務員だった川島に看取られて安楽死となったのです。
日本競馬には様々な名馬がいますが、全ての馬が種牡馬として天寿を全うできるわけではありません。
競走馬たちが走る歴史の中には、惜しまれつつも予後不良によって命を落とした名馬たちがいるのです。

競馬を趣味にしているとどうしても名馬の予後不良のような悲しい物語に遭遇します。
ですが、だからこそ競馬はドラマであり、心から熱狂し応援することが出来るのです。
それに加えて馬券を的中させることが出来たら言う事無しですよね。
競馬で儲ける秘訣は情報サイトに多数記載されていますので参考にしつつ、競馬のドラマを楽しんでいきましょう!